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音楽の贈り物

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久々に身体が震えるぐらいの感動を覚えるチェリストのコンサートを聴きに言ってきた。
レッスンを3人キャンセルしてかけつけ、劇場の窓口では満席と言われたのをギリギリまで待って何とか席を手に入れてまで聞きたかったチェリストの名前はTruls Mork(トゥルルス モルク)、ノルウェー人のチェリストだ。

もの凄いうまいロシア人チェリストの友人から「自分が現在、唯一認めるチェリスト」というこれまたスゴイ言葉を聴いていただけに、とにかく生で聞ける機会を待っていた。

それが昨日。イギリス人のピアニストをパートナーに迎えて、ブラームス、シューマン、ヤナーチェク、ショパンというプログラムを心から堪能した。

とにかく彼の音色が素晴らしい。深い深い森の中にひっそりと満ちている静かな湖のような、そんな研ぎ澄まされた音色を出す。そして時にその音色は湖に降り注ぐ嵐のように、また光を降り注ぐ太陽のように、音色を変えていくのだが、そこにはいつも知性が感性を絶妙なバランスでコントロールしていて、感情におぼれるような音色は出さない。

これだけ音程もしっかりしていて、なおかつテクニックも完成されていて、そのうえ音色のなかに感情のひだがしっかりと表現されているような演奏をすることがどれだけ難しいことか身をもって知っているし、それ故に彼のバランス感覚が研ぎ澄まされた音楽の世界には、言葉もなく吸い込まれていった。

プログラムには、彼の演奏への賞賛として何とも素敵な一言が書かれていた。
「Il donne l'impression d'embrasser la vision du paysage depuis un sommet.」

もうこんな素晴らしくポエティックな表現はフランス語でしか出来ない。

アンコールに弾いたラフマニノフのヴォカリーズはもう聞いている間から鳥肌がゾクゾクとたって、涙がこぼれそうになった。

コンサートが終わって、あまりに極上な時間を過ごした私たちはフラフラと吸い込まれるようにシャンゼリゼにある夜中0時までやっているヴァージンに、トゥルルスのCDを買いに行った。この耳に残っている音をCDででも何でも、とにかく自分のそばに置いておきたい、とここまで切実に思ったのは初めてかもしれない。

沢山の録音の中から私が選んだのは、チェリストたちのバイブルでもある「バッハ/無伴奏組曲」の全曲録音と、先ほど聞いてきたばかりの「ブラームス/チェロソナタ1番、2番」の2枚だった。

まだ魔法がかかったままの私たちはそのままシャンゼリゼのMONOPRIXへ行き、この夜の晩餐にふさわしい食料を仕入れて我がアパルトマンで食事をとるべく買い物する。

丁度いい具合に昨日の朝に、久しぶりに市場へいって今が旬のホワイトアスパラを買っておいたので、これをさっと茹でて半熟卵を添えて、オリーブオイルとバルサミコで食べることに決定。後は友人がフォアグラと柔らかい甘さのソーテルヌを購入。パンはこれまた今朝買っておいたカイザーの胡桃とレーズンのバゲットとカイザーの新作であるドライトマトとチョリゾーのパンがあるので申し分ない。

というわけで家に帰り着いたのが夜23時。
それから今日買ってきたトゥルルスのCDをかけながら、ゆっくりと食事の支度をし、ワイングラスをソーテルヌで満たして。今日の素晴らしいコンサートに乾杯をしたのが、真夜中0時だった。

朝の静けさとはまた違う静寂が闇を支配する夜の空気の中、流れてくるチェロの澄んだ音色と口の中に広がるソーテルヌの極上の香り。。

音楽が自分の人生の大事なパートナーとして存在していることを、改めてとてつもなく幸せなことに思えた一日だった。


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この日記は以前AOLで書いていた私のブログから転載したものです。全てではありませんが、いくつかの思いで深い記事をこちらのほうに写しておきたいと思っています。

ちなみにこの記事に出てくるチェリスト・モルク氏は2006年アメリカでダニに刺されたことによるとみられる中枢神経系の感染症とそれに続く脳炎と左肩筋肉の麻痺を患って、現在演奏活動を休止しており、二度と演奏できなくなるかも知れないとの懸念を表明している..ということを知りました。
あれだけの才能を持ったチェリストが今、立ち向かっているであろう苦しみは想像すらもできません。

パリ・サルプレイエルの2010年ー2011年のスケジュールの中に、今の時点ではモルク氏もショスタコーヴィッチ協奏曲のソリストとしてプログラムされています。(2010年11月)
2010年9月に予定されていたミネソタ管弦楽団の公演予定(新作チェロ協奏曲の初演)からは、今日の時点でモルク氏の名前はキャンセルされています。

もう一度あの美しい音楽を奏でる音楽家が弓を持てる日が来ることを、心から祈ります。
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by ochimadoka | 2010-08-30 19:18 | la vie parisienne

イタリアの香り

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イタリアでの滞在を重ねる度に、私の記憶の中に深く刻まれていく香りが2つある。

ひとつは菩提樹の香り。
おととしの5月、ガルダ湖のあるヴェローナの近くの湖水地方で1週間近くヴァカンスを過ごしたホテルの中庭に色濃く漂っていた菩提樹の香りをパリでかいだとき、目の前には透き通った美しいガルダ湖がよみがえる。

湖をそのままプライベートビーチにしていたこの贅沢なホテルの湖に面したテラスで、朝の透明感あふれる光をあびながら飲んだカフェ・ラ・テの美味しさ、コルネットとよばれる中に杏のジャムがたっぷりと入ったイタリアンクロワッサンのやわらかい甘さ、ハーブティーにして飲むことも多い菩提樹の優しい香り、そんな中頭を悩ませることは、今日のドライブの行き先をどこにするか、とびっきりのランチをどこでとるか。。そんなことぐらいのゆるやかな時間。

また菩提樹の香りをかいで思い出すのが、ヴェローナから車でホテルまで帰る道に現るイタリアではかの有名な売春婦たちの姿。
この道は彼女達のテリトリーらしく、1本1本の菩提樹の前に思い思いに自分の官能性をアピールした女性たちがずらっと並び、通り過ぎる車に向かって精一杯の営業スマイルやポーズを浮かべている。
そこを通る車もほとんどがその目的の男性たちらしく、かなり不自然に遅いスピードでたらたらと運転し、自分好みの女性を探している様子。
その女性たちの中には暗闇の中でもはっきり見えるシワが年齢を物語っているようなマミー(フランス語でおばあちゃんという意味)もいたりして、そのマミーの前を通りかかった車は急にスピードを上げて通り過ぎていくという、まるでコメディーのような舞台が繰り広げられている。

私たちは私たちで、泊まっていたプチホテルのオーナーがご高齢のおじいちゃまで、「わしのホテルに泊まるものたちはみな門限を守ってもらう!」と鼻息荒くチェックイン時に言われたため、毎日が思春期の子供のような状態。(ちなみに門限は夜中0時というシンデレラタイムだった。)

ヴェローナで美味しいリストランテで舌づつみをうち、ワインを味わい、食後の散歩をしながら 「あぁ、ここでジュリエットはロミオと恋に落ちたのかしら。。」などと空想しているとあっという間にシンデレラたち(?)は帰る時間。車にいそいそと乗り込み、急げ!っとアクセルを踏み込んだときにぶつかる例のナイトタイム。。
思春期の少年少女状態の私達は「門限、門限!!」と妙にナーバスになっている。
そんなコミックのようなひとときに「まあまあ、そうイライラしないで。。」といわんばかりに車の窓から優しく流れ込んでくるのがシニョーレ達の香水の香りと交じり合って香ってくる菩提樹の香り。。

そんなこんなで菩提樹の香りはパリでいらいらした時の自分の気持ちをそんな思い出達と共にふんわりと和らげてくれる香りなのだ。

そしてもうひとつの香りがスイカズラの香り。
フランス語ではシェーヴル・フォイユ(山羊の葉)という面白い名前がついているこの植物は、この時期かぐわしい香りの小さな白い花々を咲かせる。
香りは限りなくジャスミンに近い甘さを持った香りで、夕暮れが近づくとどんどん香りが強く感じられる夏の長い夜を素敵に彩ってくれる植物。
このスイカズラはヴェネチアのあちこちの小路に、そして運河沿いの古びたパラッツォの壁に天まで届きそうな勢いですくすくと枝をのばして花を咲かせている。

今回泊まった秘密の隠れ家のようなホテルのヴェネチアスタイルの中庭にもこのスイカズラはひっそりと咲いていた。

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夕方歩きつかれてシャワーを浴びた後、桃とプロセッコのカクテル「ベリーニ」を片手にくつろいでいるときも、朝ベッドの中でカフェを寝ぼけたまま飲んでいるときも、絵画のように美しいこの中庭に面したRosa(ローザ)という名の私たちの部屋の窓からこの素敵な香りは忍び込んできて、滞在中、夢のように甘い香りを楽しませくれた。

こんな風に香りと思い出というのは私の中で強く結びついていて、時折忘れかけていたいろいろな記憶を呼び覚ましてくれたりする存在なのだ。
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by ochimadoka | 2010-08-30 02:05 | la vie parisienne